北京で商業施設再開 ゼロコロナ緩和 検査巡り混乱も 2022/12/4 産経ニュース
中国各地で新型コロナウイルスの防疫措置の緩和が次々と打ち出されている。感染拡大を徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」政策に対する庶民の不満が抗議行動として示されたことを受けた対応だ。しかし、性急な見直しで混乱も生じている。
記事の冒頭部分です。まるで天安門事件のデジャブのように感じます。天安門事件では、学生の政府批判がエスカレートし、民主化要求に繋がっていきました。
これに対し、趙紫陽は学生の要求に理解を示しましたが、鄧小平の決断により、武力によって鎮圧されました。胡耀邦や趙紫陽に対しては、今でも民主化に理解を示した政治家として民主主義国家では礼賛されることが多いのですが、中国にとっては、共産党一党独裁を揺るがした政治的失格者です。
さて、ゼロコロナへの反発が、習近平独裁への批判にまでエスカレートしつつあります。現場は混乱しています。記事の通りです。つまり、共産党は、まだ政治決断を行っていないということです。まるで天安門と同じですね。当初、趙紫陽の判断に口をはさんでいなかった鄧小平ですが、趙紫陽が学生の民主化要求に理解を示したあたりから、政治の表舞台に登場し、民主化運動を武力で鎮圧し、趙紫陽は失脚しました。
天安門広場
鄧小平の判断は正しかったと酒楽は思います。中国に民主主義は根付かないでしょう。現時点では。鄧小平にそのような歴史認識があったとは思えませんが、中国の歴史的正当性を継ぐ者として、民主化を弾圧したのは正しい行動です。
民主主義が成立するには社会的条件が必要なのです。それは法治の素地があることです。我が国も西欧も法治が根付く歴史的経緯があったのです。だから民主主義=法治国家を成立させることができたのです。細かい説明は省きますが。
中国にそのような基盤はありません。春秋戦国の覇者「秦」は、孝公(前361年 - 前338年)の時代、商鞅(紀元前390年 - 紀元前338年)の献策を採用し、法治を行いました。しかし、この時の法治には重大な欠陥がありました。それは、孝公が法治の枠外だったことです。結局商鞅の法治は失敗し、失脚するとともに命を落としました。
次に、秦王「政」(後の始皇帝)は、法家の祖・韓非の書を読み、韓非に会おうととしましたが、韓非の天才を知っていた当時の秦の宰相・李斯の讒言により、命を失っています。これで、中国大陸に法治が根付く機会は永遠に失われ、現在に至っているのです。
中国の歴代政権は、元や清のように他民族による政権も含んでいますが、いずれも専制独裁です。シナの大地に法治や民主主義が成立したことは一度もないのです。そういう意味で、中国共産党は、中国の歴史に忠実であると言えるのです。鄧小平の判断は正しかったと酒楽が言う意味はそういうことです。
さて、天安門を武力で弾圧し、民主主義を萌芽のうちに葬った鄧小平は、中国の歴史的正当性を継ぐ者です。では、習近平はどうでしょう。習近平も中国の歴史的正当性を継ぐ者だと酒楽は思います。それが中国の正しい在り方なのです。中国に予想できる将来、法治や民主主義が根付く可能性は極めて小さいと思います。
現在、ゼロコロナ政策を巡って、現場が混乱しているのは、習近平が政治的決断をしていないだけでしょう。しかし、政府への批判がエスカレートすれば、いずれ決断の時は来るでしょう。そう弾圧です。それは、中国的には、いつも通ってきた道、正しい道です。それ以外の政治的選択肢はないでしょう。大衆に迎合すれば、共産党が倒されるのは火を見るより明らかです。権力を握る共産党、それを代表する習近平に民主化に迎合する選択肢はないのです。弾圧は必然です。
それが中国を政治的経済的に追い詰めることになったとしても、関係はないのです。統治の正当性を疑わせるような事態を放置できないのです。独裁国家にあっては。
天安門事件と異なるのは、批判の渦が天安門だけではなく、全国で発生していることです。こうなると、共産党指導部に残された道は、軍を動員して、全国的に批判分子を弾圧する以外に手段はありません。
中共がどうなろうと知ったこっちゃありませんが、問題はシナに派遣されている日本人駐在員です、企業の。中国全土に政治的動乱が発生すれば、命の危険にさらされます。そろそろ逃げる手当てをする時期に来ていると思う次第です。責任は、企業にありますが、政府も水面下で準備してもらいたいものです。でもキシダさんじゃなー。
中国各地で新型コロナウイルスの防疫措置の緩和が次々と打ち出されている。感染拡大を徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」政策に対する庶民の不満が抗議行動として示されたことを受けた対応だ。しかし、性急な見直しで混乱も生じている。
記事の冒頭部分です。まるで天安門事件のデジャブのように感じます。天安門事件では、学生の政府批判がエスカレートし、民主化要求に繋がっていきました。
これに対し、趙紫陽は学生の要求に理解を示しましたが、鄧小平の決断により、武力によって鎮圧されました。胡耀邦や趙紫陽に対しては、今でも民主化に理解を示した政治家として民主主義国家では礼賛されることが多いのですが、中国にとっては、共産党一党独裁を揺るがした政治的失格者です。
さて、ゼロコロナへの反発が、習近平独裁への批判にまでエスカレートしつつあります。現場は混乱しています。記事の通りです。つまり、共産党は、まだ政治決断を行っていないということです。まるで天安門と同じですね。当初、趙紫陽の判断に口をはさんでいなかった鄧小平ですが、趙紫陽が学生の民主化要求に理解を示したあたりから、政治の表舞台に登場し、民主化運動を武力で鎮圧し、趙紫陽は失脚しました。

鄧小平の判断は正しかったと酒楽は思います。中国に民主主義は根付かないでしょう。現時点では。鄧小平にそのような歴史認識があったとは思えませんが、中国の歴史的正当性を継ぐ者として、民主化を弾圧したのは正しい行動です。
民主主義が成立するには社会的条件が必要なのです。それは法治の素地があることです。我が国も西欧も法治が根付く歴史的経緯があったのです。だから民主主義=法治国家を成立させることができたのです。細かい説明は省きますが。
中国にそのような基盤はありません。春秋戦国の覇者「秦」は、孝公(前361年 - 前338年)の時代、商鞅(紀元前390年 - 紀元前338年)の献策を採用し、法治を行いました。しかし、この時の法治には重大な欠陥がありました。それは、孝公が法治の枠外だったことです。結局商鞅の法治は失敗し、失脚するとともに命を落としました。
次に、秦王「政」(後の始皇帝)は、法家の祖・韓非の書を読み、韓非に会おうととしましたが、韓非の天才を知っていた当時の秦の宰相・李斯の讒言により、命を失っています。これで、中国大陸に法治が根付く機会は永遠に失われ、現在に至っているのです。
中国の歴代政権は、元や清のように他民族による政権も含んでいますが、いずれも専制独裁です。シナの大地に法治や民主主義が成立したことは一度もないのです。そういう意味で、中国共産党は、中国の歴史に忠実であると言えるのです。鄧小平の判断は正しかったと酒楽が言う意味はそういうことです。
さて、天安門を武力で弾圧し、民主主義を萌芽のうちに葬った鄧小平は、中国の歴史的正当性を継ぐ者です。では、習近平はどうでしょう。習近平も中国の歴史的正当性を継ぐ者だと酒楽は思います。それが中国の正しい在り方なのです。中国に予想できる将来、法治や民主主義が根付く可能性は極めて小さいと思います。
現在、ゼロコロナ政策を巡って、現場が混乱しているのは、習近平が政治的決断をしていないだけでしょう。しかし、政府への批判がエスカレートすれば、いずれ決断の時は来るでしょう。そう弾圧です。それは、中国的には、いつも通ってきた道、正しい道です。それ以外の政治的選択肢はないでしょう。大衆に迎合すれば、共産党が倒されるのは火を見るより明らかです。権力を握る共産党、それを代表する習近平に民主化に迎合する選択肢はないのです。弾圧は必然です。
それが中国を政治的経済的に追い詰めることになったとしても、関係はないのです。統治の正当性を疑わせるような事態を放置できないのです。独裁国家にあっては。
天安門事件と異なるのは、批判の渦が天安門だけではなく、全国で発生していることです。こうなると、共産党指導部に残された道は、軍を動員して、全国的に批判分子を弾圧する以外に手段はありません。
中共がどうなろうと知ったこっちゃありませんが、問題はシナに派遣されている日本人駐在員です、企業の。中国全土に政治的動乱が発生すれば、命の危険にさらされます。そろそろ逃げる手当てをする時期に来ていると思う次第です。責任は、企業にありますが、政府も水面下で準備してもらいたいものです。でもキシダさんじゃなー。
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