中国人から見れば日本人は融通が利かない、でもそれが法治国家の根幹なのだ
2021-02-26 サーチナ
http://news.searchina.net/id/1697182?page=1
サーチナになかなか興味深い記事を見つけた。
記事の主張は、日本人は融通が利かない、だが、それが法治国家を象徴していると、中国人の見方を伝えている。
記事は、小川洋福岡県知事が23日、肺がんの療養を理由として知事の辞職を発表したと紹介。1月20日に呼吸困難を訴え検査したところ肺がんであることが分かったため道半ばにして辞職に至ったとし、小川氏が辞職を決意した背景には「自分が入院して職責を果たせないまま知事の座に居続けることは県民の信頼に反する行為であるとともに、県政にも影響を及ぼす」という思いがあったと解説している。
その上で、小川氏の辞職に対して福岡県民は惜しむ声と同時に「辞めるのは当然」という見方をしていると指摘。「選挙で選ばれている以上、自らの職責が果たせなくなった時点で、全力で職責を全うできる人物に譲るべき」、温情とは切り離して考えるべきという考え方が日本社会においては常識になっていることを伝えた。
記事は、中国人がしばしば日本人について「頑固一徹で、融通が利かない」と評するとした上で、まさにこの「融通の利かなさ」があるからこそ、社会全体で秩序やルールが守られ、「法治社会」を作る上での重要な基盤が形成されているのだと評した。
融通が利かないという表現が面白い。想像するに、袖の下を通じて、双方の利益になるように融通を利かせるのが志那の文化だということだ。日本では、袖の下というか、そういう意味での融通が利かないと驚いている。それが法治国家を支えているのだろうとも。
日本でも融通は利く。先日来国会で政府が野党に責められている。だから、志那人に褒められても素直には喜べない。
それはさておき、志那でも法治国家に移行するチャンスはあった。秦の宰相となった商鞅の政策だ。だが、結局商鞅は、自らが定めた法に依って処刑され、法治は道半ばで潰えた、というのが一般的な解釈だ。
だが、最初から無理だったのだ。何故なら商鞅が仕えた秦の孝公は、法治の外にいたからだ。秦を統治していたのは、歴代の君主、王だ。志那の歴史に民主主義は見当たらない。君主国家、独裁国家ばかりだ。独裁国家と法治国家は真逆の概念だ。独裁に法は必要ない。独裁者は、法に縛られない。従って、独裁と法治は両立しないのだ。
商鞅の献策は、だから最初から無理筋だったのだ。やる前から分かるはずだ。だから、商鞅や韓非子が思い描いた法治の概念は、近代国家、すなわち民主主義国家における法治とは全く異なる概念だという前提を置かなければ理解できない。
でもそれは、やはり法治ではない。志那の歴史は独裁の歴史であり、一度たりとも法治であったことはない。法治とは融通の利かないものなのだ。融通が利いたら法治ではない。
総務省の接待汚職は、融通を利かせてほしい接待側と、許認可権を有する官側の利益が合致したから起きたのだが、志那では、これが当たり前なのだ。有史以来、志那は融通を利かせるのが当たり前の世界なのである。
そして、融通が利く世界にいながら、役人が法に基づいて働かないと嘆くのである。志那の役人が法に基づき、テキパキと機能的に働くはずがないではないか。そういうのを無いものねだりというのだ。
融通の利く世界が居心地がいいと思うから志那は四千年そういう社会なのだ。
大和は違う。日本人は、約束を守り、規則を守り、法を守る民なのだ。それは、為政者も法の枠組みの中で行動しているからだ。だから法治が機能するのである。
古代にあっては天皇が、中世以降は、大臣や征夷大将軍が政を行ったが、いずれも独裁政治ではない。独裁を目指したものは、抹殺されてきたのが大和の歴史なのだ。敢えて独断で言わせていただくなら、織田信長や大久保利通は日本の歴史に抹殺されたのだと理解している。大和の民は、独裁を嫌うのだ。
志那と大和のよって来る由縁、つまり歴史が根本的に異なるので、双方がお互いを理解することも平和な関係を築くことも根本的に無理なのだと酒楽は思っている。
融通が利けば、それはいっとき幸せかもしれないが、志那のような無法社会にならざるを得なくなるのだ。日本人はそういう社会を基本的に嫌うのだ。福岡県知事が辞職するのは、だから当たり前であり、驚くにはあたらない。志那人には永遠に理解できないだろう。
<PS>
福岡県知事の辞職は、まことに日本人的行動だ。そして美しい。表題を日本人の美学としたのはそういう意味だ。
でもね、日本人でもこういう美学とは無縁の人も多いね。誰とは言わないが。
法治国家に生まれて幸せだと思うのが日本人でしょう。志那のような騙し合い、融通の利く社会というのは、日本人では生きられない。正直者の生きられる社会ではないのだ。
正直が讃えられる日本という国がいかに素晴らしい国かというのは、反面教師としての志那を見ればわかる。日本人でよかったと酒楽はいつも思っている。
2021-02-26 サーチナ
http://news.searchina.net/id/1697182?page=1
サーチナになかなか興味深い記事を見つけた。
記事の主張は、日本人は融通が利かない、だが、それが法治国家を象徴していると、中国人の見方を伝えている。
記事は、小川洋福岡県知事が23日、肺がんの療養を理由として知事の辞職を発表したと紹介。1月20日に呼吸困難を訴え検査したところ肺がんであることが分かったため道半ばにして辞職に至ったとし、小川氏が辞職を決意した背景には「自分が入院して職責を果たせないまま知事の座に居続けることは県民の信頼に反する行為であるとともに、県政にも影響を及ぼす」という思いがあったと解説している。
その上で、小川氏の辞職に対して福岡県民は惜しむ声と同時に「辞めるのは当然」という見方をしていると指摘。「選挙で選ばれている以上、自らの職責が果たせなくなった時点で、全力で職責を全うできる人物に譲るべき」、温情とは切り離して考えるべきという考え方が日本社会においては常識になっていることを伝えた。
記事は、中国人がしばしば日本人について「頑固一徹で、融通が利かない」と評するとした上で、まさにこの「融通の利かなさ」があるからこそ、社会全体で秩序やルールが守られ、「法治社会」を作る上での重要な基盤が形成されているのだと評した。
融通が利かないという表現が面白い。想像するに、袖の下を通じて、双方の利益になるように融通を利かせるのが志那の文化だということだ。日本では、袖の下というか、そういう意味での融通が利かないと驚いている。それが法治国家を支えているのだろうとも。
日本でも融通は利く。先日来国会で政府が野党に責められている。だから、志那人に褒められても素直には喜べない。
それはさておき、志那でも法治国家に移行するチャンスはあった。秦の宰相となった商鞅の政策だ。だが、結局商鞅は、自らが定めた法に依って処刑され、法治は道半ばで潰えた、というのが一般的な解釈だ。
だが、最初から無理だったのだ。何故なら商鞅が仕えた秦の孝公は、法治の外にいたからだ。秦を統治していたのは、歴代の君主、王だ。志那の歴史に民主主義は見当たらない。君主国家、独裁国家ばかりだ。独裁国家と法治国家は真逆の概念だ。独裁に法は必要ない。独裁者は、法に縛られない。従って、独裁と法治は両立しないのだ。
商鞅の献策は、だから最初から無理筋だったのだ。やる前から分かるはずだ。だから、商鞅や韓非子が思い描いた法治の概念は、近代国家、すなわち民主主義国家における法治とは全く異なる概念だという前提を置かなければ理解できない。
でもそれは、やはり法治ではない。志那の歴史は独裁の歴史であり、一度たりとも法治であったことはない。法治とは融通の利かないものなのだ。融通が利いたら法治ではない。
総務省の接待汚職は、融通を利かせてほしい接待側と、許認可権を有する官側の利益が合致したから起きたのだが、志那では、これが当たり前なのだ。有史以来、志那は融通を利かせるのが当たり前の世界なのである。
そして、融通が利く世界にいながら、役人が法に基づいて働かないと嘆くのである。志那の役人が法に基づき、テキパキと機能的に働くはずがないではないか。そういうのを無いものねだりというのだ。
融通の利く世界が居心地がいいと思うから志那は四千年そういう社会なのだ。
大和は違う。日本人は、約束を守り、規則を守り、法を守る民なのだ。それは、為政者も法の枠組みの中で行動しているからだ。だから法治が機能するのである。
古代にあっては天皇が、中世以降は、大臣や征夷大将軍が政を行ったが、いずれも独裁政治ではない。独裁を目指したものは、抹殺されてきたのが大和の歴史なのだ。敢えて独断で言わせていただくなら、織田信長や大久保利通は日本の歴史に抹殺されたのだと理解している。大和の民は、独裁を嫌うのだ。
志那と大和のよって来る由縁、つまり歴史が根本的に異なるので、双方がお互いを理解することも平和な関係を築くことも根本的に無理なのだと酒楽は思っている。
融通が利けば、それはいっとき幸せかもしれないが、志那のような無法社会にならざるを得なくなるのだ。日本人はそういう社会を基本的に嫌うのだ。福岡県知事が辞職するのは、だから当たり前であり、驚くにはあたらない。志那人には永遠に理解できないだろう。
<PS>
福岡県知事の辞職は、まことに日本人的行動だ。そして美しい。表題を日本人の美学としたのはそういう意味だ。
でもね、日本人でもこういう美学とは無縁の人も多いね。誰とは言わないが。
法治国家に生まれて幸せだと思うのが日本人でしょう。志那のような騙し合い、融通の利く社会というのは、日本人では生きられない。正直者の生きられる社会ではないのだ。
正直が讃えられる日本という国がいかに素晴らしい国かというのは、反面教師としての志那を見ればわかる。日本人でよかったと酒楽はいつも思っている。
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