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日本は「脱亜入欧に成功」したのか

アジアで特別視されている日本は「脱亜入欧に成功」したのか=中国ネット
2021-07-14 05:12 サーチナ
http://news.searchina.net/id/1700685?page=1

 サーチナの記事から引用した。日本は、脱亜入欧に成功したのか?という興味深い記事である。こういうところが志那の恐ろしさだ。志那人は、徹底的にリアリストだ。だからこういう記事を書く。そして、清は失敗したと。

 明治維新の脱亜入欧は、中国では近代日本の成功の1つとしてよく知られており、話題になることが多い。ただ、「日本が特別視されている理由」については、本当に経済力や科学技術だけならば中国も「特別視」されていて当然であり、他にも理由があるのかもしれない。(編集担当:村山健二)

 記事の最後の部分を引用した。これが一般的な志那人の理解なのだろう。だが、他にも理由があるのかもしれない、というところが志那だ。だが、深く突っ込んでいないのが残念だ。研究不足というところだろう。

 酒楽は、この「脱亜入欧」という言葉に以前から違和感を覚えている。脱亜にも入欧にも。

 江戸時代までの日本の歴史は、アジア的なるものとは無縁の歴史だ、というのが酒楽の認識だ。影響があったのは、遣隋使~遣唐使までだ。それも、知識・技能の収集に重きが置かれ、志那の政治や政治制度にはほとんど影響されていない。あくまで、志那の歴史や知識を大和的に解釈し、大和に適応させた歴史であり、大和の本質を改良するために、志那の知識を利用しただけ、だ。

 科挙も宦官も導入しなかった。皇帝による専制独裁政治も導入しなかった。従って、皇帝独裁、官僚専制でもない。過去も現在も合意形成を優先する政治制度を維持している。ここが志那と決定的に異なるところだ。

 それにより、賄賂による政治腐敗から免れている。全てとは言わないが。政治史的に言えば、これによりアジア的停滞から日本は免れている、と教科書には書かれている。(本当に書かれているわけではありません)

 江戸時代に太平の世が現れると、寺子屋を主体とした庶民教育が普及し、民族としての知識の集積が顕著になった。封建制度は、いい意味で各藩の競争を促し、名君が現れ、知識階級が形成されている。

 江戸末期には、経済にもその影響が現れ、大阪では、先物市場が活発だった。学問分野でも関孝和を筆頭として和算が盛んになり、西欧に負けるとも劣らない水準に達していたのである。

 さて、例を挙げればきりがない。ここで酒楽が言わんとしていることは、そもそも日本はアジア的ではないと言いたいのである。何をもってアジア的というかは、議論の分かれるところであろうが、簡単に言えば、帝政や王政ではなく、民主主義の萌芽が既に芽生え、合意形成を尊重する文化だったということだ。江戸時代は既に法治だった。幕府を公儀と呼んだのが象徴的だ。幕府や藩は法を示し、民はそれに従った。

 法を破ったものは、藩主といえども責任を取ったのだ。武士の責任の取り方は切腹である。法を定める者も法治の中にいるのだ。支那のように独裁政治では考えられないだろう。これが法治の本質であり、支那と大和の決定的な違いだ。

 また、いわゆる「匠の精神」というものは、物事を深く追及する精神を育み、科学的精神が早くから開花し、閉ざされた空間の中で最高度に発展していたという事実だ。

 つまり時間の問題だったのだ。知識も技術も。遅かれ早かれ、西欧のレベルに近づいていて、いずれそのレベルに達するのは、時間の問題だったということなのだ。

 結論。日本は、明治政府が成立した時点で、アジアではなかったのであり、欧州に見習うことはあっても、文化的にも精神的にも欧州と同じ立ち位置だったのだ。時間的に少し遅れていただけのことである。
福沢諭吉パリ自然博物館
福沢諭吉 Wikiから引用

 だから、脱亜でもなく、入欧でもないのだ。日本は、脱亜入欧に成功したのではない、最初から欧州と同じだったのだ。それが酒楽の主張である。そこに福沢諭吉の誤認がある。

 記事の中で、日本が欧州から特別扱いされているのは、実力であるとか、技術が高度であるとか、G7に入っているからであるとか、いろいろな意見が開陳されている。

 そして、ロシアが一時G7(G8)に入っていたとか言って、何故中国は入れないのかと疑問を持っている。再度引用する。

 本当に経済力や科学技術だけならば中国も「特別視」されていて当然であり、他にも理由があるのかもしれない。

 その通り。経済力や科学技術だけではないのだ。自由、民主主義、法治といった基本的価値観を共有しているからなのだ。ロシアがG7からが追放されたのは、ロシアは、ヨーロッパ文明とは異なるからだ。むしろ、中国と同じだ。力を信奉し、独裁制であり、法治ではない。

 だから、志那は、永遠にG7には招待されないのだ。天命の国は、民主主義とも法治とも相いれない正反対の文化なのだから、一緒には暮らせないのだ。アジアでは、唯一、日本だけが彼らと同じ価値観を有しているのだ。これが、日本がG7の一員である理由なのだ。

 アジアで唯一というのは、たまたまであり、日本文明だけがアジアの中で孤立して存在していたのである。黄帝以来、天命を受け続けてきた志那の民には、理解できないだろう。我々が志那を理解できないように。

 さて表題に戻ろう。志那人は、何故日本は、脱亜入欧に成功したしたのか、と疑問を持っているが、そもそも設問が間違っているから、正しい結論に至らないのだ。

 何度も言う。脱亜でもなく、入欧でもない。最初から欧州と同じだったのだ。言うならば、開国して、欧州は日本というという仲間を発見しただけだ。アジアに仲間は日本しかいなかったのだ。アジアにポツンと日本だけが欧州の仲間として存在し、永らく音信不通だっただけだ。そのために、化学も技術も遅れてしまったが、同じ仲間なのである。

 G7に呼ばれるのは当然であろう。世界から孤絶した環境で、欧州と同じ価値観を育んだのは、歴史の奇跡と言えるかもしれない。隣に志那という大国があり、政治的にも技術的に大きな影響を受けたとはいえ、志那と日本は政治風土も基本的価値観も異なる国として、並立していた。しかし、日本の歴代の為政者は偉大だったのだ。

 宦官も科挙も独裁も導入しなかったからだ。そのため、日本はアジア的停滞を免れ、独自の文明を育み、結果として、自由と民主主義と法治を実現したのだ。

 だから記事の最後にあるように、他に理由があるのかもしれないという疑問は当たっているが、答えを聞いたところで志那人には永遠に理解できないだろう。だから、なぜ脱亜入欧に成功したのかというような頓珍漢な質問になるのだ。

 われわれ日本人は、歴代の為政者に感謝すべきだと思う。日本がG7に招かれるのは、歴史の必然なのだ。

 脱亜入欧が福沢諭吉の誤認というならば、正しい認識について、一言あらねば言葉足らずと言われよう。

 「日欧邂逅」が正しい認識だというのが酒楽の主張である。コーカソイドとモンゴロイドは、数万年前に分かれ、それぞれ別の道を歩んできた。モンゴロイドの一部が日本列島に流れ着き、列島内で血の混淆と独自の文明を築き上げてきた。

 それは、結果として、自由と法治を基本的な価値観とする日本文明になったのだ。我が国が独立した文明だと喝破したのは、ハンチントンだ。ヨーロッパ文明は、ローマを根源としている。ローマの法治と大和の法治が、言葉を変えると、コーカソイドの法治文明と大和民族の法治文明が数万年の時を経て邂逅した。

 これが、文明論的脱亜入欧の解釈だ。もちろん酒楽の妄想である。しかし、間違っているとは思わない。だから脱亜入欧という設問は、そもそも最初から間違っているのだ。日本は脱亜入欧に成功したのではない。東西の法治文明が、明治維新をきっかけに邂逅したに過ぎない。ローマを継承する文明と、大和の文明だけが、法治を実現したのである。

 これがG7の真実だ。支那もロシアも、勿論半島も法治文明圏ではないし、これから先もそうだろう。支那人の疑問に対する答えがこれであり、従って、君たち支那文明は、法治文明とは相いれないため、G7(法治文明クラブ)に招かれることは永遠に無いと。
 
 
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